事務所ニュース

グーグル検索エンジン削除とウェブサイト削除との間の差異

最高裁平成29年1月31日

1 本件の事案の概要等は,以下のとおりである。
Xは,児童買春をしたとの被疑事実に基づき,平成26年法律第79号による改正前の児童買春,児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律違反の容疑で平成23年11月に逮捕され,後日罰金刑に処せられた。Xが上記容疑で逮捕された事実(本件事実)は逮捕当日に報道され,その内容の全部又は一部がインターネット上のウェブサイトの電子掲示板に多数回書き込まれた。
Xの居住する県の名称及びXの氏名を条件として世界最大のシェアを占める検索事業者Yの提供する検索サービスを利用すると,関連するウェブサイトにつき,URL並びに当該ウェブサイトの表題及び抜粋(URL等情報)が提供されるが,この中には,本件事実等が書き込まれたウェブサイトのURL等情報(本件検索結果)が含まれる。本件のポイントは各ウェブサイトに対する削除ではなく、グーグルに対する削除を要請しているという点で、グーグルという検索サイト自らが書き込みをしたとはいえない点にある。
本件は,Xが,Yに対し,人格権ないし人格的利益に基づき,本件検索結果の削除を求める仮処分命令の申立てをした事案である。
2 原審は,X主張の多岐にわたる被保全権利の主張を名誉又はプライバシーに基づく削除請求権(差止請求権)に帰着するものと解した上で,これらの被保全権利及び保全の必要性をいずれも否定して,Yに対して本件検索結果の削除を命ずべきものとした原々決定及び仮処分決定をいずれも取り消し,Xの申立てを却下する旨の原決定をした。
原決定に対してXが抗告許可の申立て等をしたところ(原審が抗告を許可した。),第三小法廷は,決定要旨のとおり判断し,本件においてはXの本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえないとして,Xの抗告を棄却した。かかる規範は、最高裁平成6年判例と比較しても、法的利益が優越することが明らかであることを求めるなど、その規範はかなり削除を求める側に厳しい内容となっている。ただし、単純に自ら書き込みをしたウェブサイトに本判例の射程が及ぶべきではないと解され、あくまで、平成6年判例での比較衡量によるべきである。
なお,本件は,いわゆる「忘れられる権利」と関連して取り上げられることが多いが,我が国においてこの用語は論者により多義的に用いられていることに注意を要する。本件においてXの主張した「忘れられる権利」の実質はプライバシー侵害の主張を具体化したものに帰着する内容であり,許可抗告において独立の論旨として取り上げられなかったことから,本決定の中ではいわゆる「忘れられる権利」について何ら言及されていない(抗告許可の申立てと並行提起した特別抗告においてXは憲法13条違反の主張をしたが,本決定と同一日に,いわゆる例文により抗告棄却決定がされている。)。以下では,プライバシーに基づく検索結果の削除の可否の点に絞って解説する。
3 近年,インターネット関連事件の件数は増加の一途をたどっており,関述之「平成27年度の東京地方裁判所民事第9部における民事保全事件の概況」金法2044号30頁によれば,東京地裁保全部に係属した仮の地位を定める仮処分においてインターネット関連事件の占める割合は平成23年以降常に60%を超えており,平成27年は65%近くに達しているという。誰でもいつでも端末を通じてインターネットに接続でき,情報が容易に拡散する現代の高度情報化社会の中で,個々の発信者等に対して人格的な権利利益を侵害する情報の削除を求める事案とともに,検索事業者に対して検索結果等の削除を求める事案がみられるようになった。新聞やテレビと比較すると、インターネットの記事はウェブ上に残り続けることになり、いったん公表されてしまうと不可逆的にネガティブな情報を収集とできるという点に問題がある。

検索事業者に対して検索結果等の削除を求める事案における国際的動向や下級審判例の状況は宇賀克也「『忘れられる権利』について--検索サービス事業者の削除義務に焦点を当てて」論究ジュリスト18号24頁に詳しいが,我が国の高裁レベルの裁判例は,以下のとおり三つの判断枠組みに分かれる状況であり,最高裁による判断の統一が求められていた。
平成20年代中頃までは,検索事業者は飽くまでも媒介者であって,媒介内容について検索事業者は原則として責任を負わず,法的責任を負うとしても二次的なものであるなどとして検索事業者が法的責任を負う場合を限定的,補充的に考える判断枠組みが有力であった。最近でも,東京高判平成25・10・30公刊物未登載(集団で重大犯罪を起こした団体への過去の所属歴),札幌高決平成28・10・21判タ1434号(本号)93頁(詐欺等を犯して執行猶予付き懲役刑を受けた前科等)等がみられる。
平成20年代中盤以降は,北方ジャーナル事件大法廷判決(最大判昭和61・6・11民集40巻4号872頁,判タ605号42頁)やノンフィクション「逆転」事件判決(最三小判平成6・2・8民集48巻2号149頁,判タ933号90頁)等出版メディアの領域で集積されてきた判例法理の判断枠組みに基づいた判断をした裁判例が増えている傾向にある。
もっとも,比較衡量論の枠組みを採用する裁判例の中でも,更に2つの枠組みに分かれる。
第1に,比較衡量の結果,プライバシーに属する事実を公表されない利益が優越するとされる場合には,原則として削除請求権を肯定するというものがある。最近のものとして,東京高決平成29・1・12公刊物未登載(暴走族所属歴)や,大阪高判平成27・2・18公刊物未登載(迷惑防止条例違反〔盗撮〕で執行猶予付き懲役刑を受けた前科等)がある。
第2に,「石に泳ぐ魚」事件の控訴審判決である東京高判平成13・2・15判タ1061号289頁と同様に,比較衡量に当たり,被害の明白性,重大性や回復困難性等をも考慮要素として加えるものがある。本件の原決定はこの類型の一種であり,同様の判断枠組みを採った最近のものとして,東京高判平成26・1・15公刊物未登載(上記東京高判平成25・10・30と同じ団体への所属歴)等がある。
4 現在,一般的に用いられているロボット型検索エンジンは,①インターネット上のウェブサイトに掲載されている無数の情報を網羅的に収集してその複製(キャッシュ)を保存し,②この複製を基にした検索条件ごとの索引(インデックス)を作成するなどして情報を整理し,③利用者から示された一定の検索条件に対応するURL等情報を上記索引に基づいて検索結果として提供するという3段階の情報処理を経るという仕組みであり,本決定が簡潔に判示したとおりである。
このような検索エンジンの情報処理手順は,検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った検索結果を得ることができるように設計作成されたものであることに鑑みると,検索事業者自身の「表現行為」という側面があることを否定し難いところであり,人格的な権利利益と検索事業者の表現行為の制約との調整が必要となる。したがって、「表現行為」に該当しないので、当事者足りえないという論法は否定された、

また,インターネットの利用者がある程度限定されていた時代であればともかく,検索事業者による検索結果の提供は,現代社会におけるインターネット上の情報流通基盤として,一層大きな役割を果たすようになっている。進んでほとんどの人がインターネットを利用できる環境の整備が進むにつれて、テレビや新聞報道よりもインターネットによる表現の方が名誉棄損やプライバシーの継続犯的側面は強いように思われれる。そして,検索事業者の媒介者論を採らずに印刷メディアの伝統的な法理を出発点とするにしても,「石に泳ぐ魚」事件の上告審判決である最三小判平成14・9・24集民207号243頁,判タ1106号72頁は,控訴審が差止めを認めた結論を「違法でない」と判示したにとどまり,控訴審の示した差止めの要件に関する法理を積極的に是認したといえるものではない上,原決定のように,被害の明白性,重大性や回復困難性にとどまらず,検索サービスの性格や重要性等も考慮要素として取り込む判断枠組みを採ることは,人格的な権利利益の保護範囲を事実上切り下げることになることが懸念される。
本決定は,以上のような点を踏まえ,印刷メディアの伝統的な法理に沿った比較衡量の判断枠組みを基本としつつ,削除の可否に関する判断が微妙な場合における安易な検索結果の削除は認められるべきではないという観点から,プライバシーに属する事実を公表されない利益の優越が「明らか」なことを実体的な要件として示したものと思われる。
5 検索事業者が提供する検索結果は,あるウェブサイトに関し,その所在を識別するURLのほか,当該ウェブサイトの表題(タイトル)及び抜粋(スニペット)で構成されるのが一般的であるが,本決定は,これらを一体として削除しようとする典型的な場面を想定した判断枠組みを示している。その背後には,検索事業者の提供する検索結果の中核的部分は飽くまでも収集元ウェブサイトの所在を識別するURLであり,表題や抜粋は収集元ウェブサイトの掲載内容を推知させる参考情報にとどまるという認識があり,利用者の収集元ウェブサイトへのアクセスを遮断させるために必要な要件という観点から,出版メディアとの共通点や相違点を踏まえた考慮要素が列挙されたものと思われる。すなわち、グーグルは参考情報を提供しているにすぎないから、ウェブサイトに対する削除要請を優先することが可能かどうかが考えられる。

本決定の列挙した考慮要素の検討に当たっては,収集元ウェブサイトの内容を吟味することを要するが,当該内容は,ロボット型検索エンジンの一般的な仕組みに照らすと,検索結果の内容から容易に推認可能なことが多いであろう。もっとも,収集元ウェブサイトの内容について個別に主張,立証することを本決定が否定するものではないと思われる(本決定ではその種の主張,立証はなかったことがうかがわれる。)。
以上の点に関し,我が国においては,従前,表題や抜粋(のみ)の削除の可否と,URLの削除の可否を分け,URLの削除には厳しい限定を付する議論が有力であったが,URLのみの検索結果を散在させることは,かえって利用者の関心を惹いて収集元ウェブサイトへのアクセスを助長する結果ともなりかねず,問題があるように思われる。本決定が,削除対象を「URL等情報」としたのは,このような考慮があったものと思われる。
6 本決定は,検索事業者に対し,自己のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果から削除することを求めるための要件について,統一的な判断枠組みを初めて示したものである。本決定は国内外で広く報道されているほか,本決定の示した判断枠組みは裁判内外の実務に大きな影響を及ぼすものであり,理論上及び実務上,重要な意義を有するものと思われるので,紹介する次第である。
なお,本件以外に,検索事業者に対し,検索結果又はその前提となる検索条件の予測(サジェスト)の削除や損害賠償を求める本案訴訟の上告・上告受理申立て事件が4件第三小法廷に係属していたが,いずれも本決定と同一日に上告棄却・不受理決定がされ,各原告の請求を棄却すべきものとした判決が確定している。

 

以上のように、グーグルサイトからの削除は、比較的難しいところ、参考情報ではない、サイトそのものについては、本件平成29年判例のような厳しい規範が求められるものではないものと解される。以下の紹介は、本判例前のものであるが、東京地裁平成22年1月22日のような判断枠組み、いわゆるノンフィクション逆転による判断枠組みは残っているものと解される。最高裁は検索結果について「表現行為の側面を持つ」とし、「現代社会における情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」と位置づけた。こうした機能を制約して削除するのは、「プライバシー保護の利益が明らかに上回る場合に限られる」と述べた。従来の出版物をめぐる判例では「明らかに」とまで述べておらず、検索結果の削除は出版物よりハードルを高めたともとれる。

ただ、ごく軽微な犯罪歴でも繰り返し検索され、不都合を受ける人はいる。具体的に「どんな場合に削除が認められるのか」は、今後の判例の蓄積に委ねられる。

個人のプライバシーに属する事実をみだりに公表されない利益は,法的保護の対象となるというべきである(最高裁昭和52年(オ)第323号同56年4月14日第三小法廷判決・民集35巻3号620頁,最高裁平成元年(オ)第1649号同6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁,最高裁平成13年(オ)第851号,同年(受)第837号同14年9月24日第三小法廷判決・裁判集民事207号243頁,最高裁平成12年(受)第1335号同15年3月14日第二小法廷判決・民集57巻3号229頁,最高裁平成14年(受)第1656号同15年9月12日第二小法廷判決・民集57巻8号973頁参照)。他方,検索事業者は,インターネット上のウェブサイトに掲載されている情報を網羅的に収集してその複製を保存し,同複製を基にした索引を作成するなどして情報を整理し,利用者から示された一定の条件に対応する情報を同索引に基づいて検索結果として提供するものであるが,この情報の収集,整理及び提供はプログラムにより自動的に行われるものの,同プログラムは検索結果の提供に関する検索事業者の方針に沿った結果を得ることができるように作成されたものであるから,検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する。また,検索事業者による検索結果の提供は,公衆が,インターネット上に情報を発信したり,インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり,現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている。そして,検索事業者による特定の検索結果の提供行為が違法とされ,その削除を余儀なくされるということは,上記方針に沿った一貫性を有する表現行為の制約であることはもとより,検索結果の提供を通じて果たされている上記役割に対する制約でもあるといえる。
以上のような検索事業者による検索結果の提供行為の性質等を踏まえると,検索事業者が,ある者に関する条件による検索の求めに応じ,その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報を検索結果の一部として提供する行為が違法となるか否かは,当該事実の性質及び内容,当該URL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度,その者の社会的地位や影響力,上記記事等の目的や意義,上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化,上記記事等において当該事実を記載する必要性など,当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので,その結果,当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には,検索事業者に対し,当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。
(2) これを本件についてみると,抗告人は,本件検索結果に含まれるURLで識別されるウェブサイトに本件事実の全部又は一部を含む記事等が掲載されているとして本件検索結果の削除を求めているところ,児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は,他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが,児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置付けられており,社会的に強い非難の対象とされ,罰則をもって禁止されていることに照らし,今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また,本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると,本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。
以上の諸事情に照らすと,抗告人が妻子と共に生活し,前記1(1)の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれることなどの事情を考慮しても,本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。

東京地裁平成22年1月22日

第5 当裁判所の判断
1(1) 前記前提事実並びに各項に記載の証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる〔以下「認定事実」という。〕。
ア 原告は,平成17年8月5日,本件刑事事件について逮捕された(本件逮捕)。本件刑事事件(原告が有罪判決を受けた際の訴因)の概略は,「原告が,東京都新宿区(以下略)内のレンタルルームに資金を提供するなどして共犯者3名(同レンタルルームの経営者,派遣型風俗店2店の経営者等)と共謀し,法令による禁止区域内において性的サービスを提供する営業をした」というものであり,上記風俗店のうち1店の形式上の経営母体は「A管理株式会社」とされている。〔甲11〕
イ 平成17年8月6日,本件逮捕についての記事が毎日新聞に掲載された。
同記事は,警視庁の発表に基づき,本件逮捕の事実や原告が違法な風俗店を実質的に経営していた嫌疑があること,原告が地元では大手の不動産業者であることなどと内容としている。〔乙2の1〕
ウ 被告は,平成17年8月10日付けで,本件サイトの「経営者・会社の事件・自己」の一記事として本件記事を掲載した。
本件記事は,イの毎日新聞の記事を概ね転載したもので,同記事においては原告が「地元では大手の不動産業者」とされているのを,Aの社名,営業所所在地,年商等の具体的情報を盛り込む内容となっている。
エ 被告は,本件サイトに,有料情報として,「企業情報明細」を掲載している。被告は,本件サイトに本件記事を掲載するのと併せて,Aの「企業情報明細」〔以下「本件企業情報明細」という。〕の「沿革」欄に,本件逮捕の事実を掲載した。〔甲12,18,原告本人(その陳述書である甲20,30,38の記載内容を含む。以下同様),被告代表者(その陳述書である乙5~7の記載内容を含む。以下同様)〕
オ 原告は,平成18年11月ころ,本件サイトに本件逮捕に関する記載が存在することを知り,同年12月ころから,奥田保弁護士〔以下「奥田弁護士」という。〕を通じて,被告に対し,同記載の削除を求めた〔甲7,12,原告本人〕。
なお,同月5日付けで同弁護士が被告に送付した文書〔甲12〕には,ウのとおり,本件企業情報明細の「沿革」欄に本件逮捕の事実が掲載されていることが指摘され,同明細のプリントアウトが添付されているが,本件記事の存在,内容については言及されていない。
カ その後,原告は,被告に対し,平成19年6月ころ,B〔以下「B」という。〕らを通じて本件記事の削除を求め,その結果,原告と被告は同月15日付けで顧問契約〔以下「本件顧問契約」という。〕を締結し,被告は本件サイトから本件記事を削除した。
本件顧問契約は,原告が月額1万円の顧問料を支払い,被告が原告の業務に関する相談・助言をすることを内容とするものであり,具体的な調査等の業務を依頼するには別途報酬等を支払うことを要する旨が定められている。〔甲8,原告本人,被告代表者〕
キ 原告は,被告に対し,本件顧問契約に基づき3か月分の顧問料を支払ったが,その後,その支払をしなかった〔原告本人,被告代表者〕。
被告は,上記顧問料の不払の後,本件記事の掲載を再開し,現在も本件サイトにおいて本件記事の掲載を継続している。
(2)ア 認定事実ウについて,原告は,被告が本件記事を掲載したのは平成18年11月ころのことである旨を主張し,原告本人がこれに沿う内容の供述をする。
しかし,原告本人が述べるところは,本件刑事事件後,毎日,インターネットで自らの氏名を検索していたところ,平成18年11月になって本件記事を発見したというものであって,その内容自体,直ちに信用できるものとはいい難い上,認定事実オのとおり,奥田弁護士が被告に最初に送付した文書と認められる同年12月5日付け「ご通知」と題する文書〔甲12〕には本件記事についての言及がなく,同弁護士が本件記事について言及したのが平成19年3月7日付け電話聴取書〔甲29〕以降のことであることとも整合しない(原告本人が述べるように,原告がインターネットで自らの氏名を検索した際に本件記事を発見したことが発端となり,その削除を求めるために被告との交渉を奥田弁護士に依頼したのであれば,同弁護士が本件記事の存在やその削除を求める旨を明確に示すのが自然である。)。
また,原告は,奥田弁護士が被告に送付した平成19年4月5日付け内容証明郵便に,被告が平成18年11月ころから本件逮捕の事実を本件サイトに掲載した旨が記載されているにもかかわらず,被告が送付した回答書〔甲17〕において,そのことに関する反論等がないことを主張するが,それまでの原告側と被告とのやり取りにおいて,被告が本件逮捕の事実を掲載し始めた時期が問題となったことを窺わせる証拠はないから,被告が上記内容証明郵便に記載された掲載開始時期について反論しなかったことが,原告主張の時期に本件逮捕の事実が掲載されたことの裏付けになるとはいえない。
したがって,原告本人の上記供述を採用することはできず,他に本件記事の掲載開始が平成18年11月ころであったことを認めるに足りる証拠はなく,むしろ,本件記事が平成17年8月10日付けであることからして,そのころに掲載されたものと認めるのが自然である。
イ 次に,認定事実オについて,原告は,被告が,奥田弁護士を通じての交渉によって,平成19年初めころ,一度本件記事を本件サイトから削除したものの,その後掲載を再開したため,認定事実カのとおり,Bらを通じて再度本件記事の削除を求めたものであって,被告が二度にわたって本件記事の削除と掲載再開を繰り返した旨を主張し,原告本人及び証人C(その陳述書である甲34の記載内容を含む。以下同様)がこれに沿う内容の供述をする。
しかし,前記認定のとおり,原告(の指示を受けて被告との交渉に当たった証人C)が被告に対し当初から本件記事の削除を求めていたのであれば,奥田弁護士もその旨を明示して被告と交渉をするのが自然であって,原告本人及び証人Dの供述は,やはり奥田弁護士の行動と整合しないといわざるを得ず,同弁護士の交渉により被告が削除に応じたのは本件企業情報詳細における本件逮捕についての記載であったことが窺われる。
また,原告は,奥田弁護士作成の平成19年3月7日付け電話聴取書〔甲29〕において本件記事に言及されていることを主張するが,同書面に記載されたやり取りを前提としても,先に同弁護士の交渉により削除されたのが本件企業情報明細における本件逮捕の記載と解しても矛盾しないから,原告本人らの上記供述を裏付けるものとはいえない。
以上のほか,証人DはAの専務取締役であって,必ずしも中立的な供述を期待できる立場にはないことに照らすと,上記原告本人及び同証人の各供述を採用することはできず,他に平成19年初めころにも本件記事が削除された事実を認めるに足りる証拠はない。
ウ 以上によれば,被告は,平成17年8月10日ころに本件記事を本件サイトに掲載したものと推認され〔以下「第1回掲載」という。〕,その後,原告の求めに応じて,平成19年6月ころに同記事を一度削除したが,同年秋ころ,同掲載を再開した〔以下「第2回掲載」という。〕ものと認められる。
2 以上認定の事実を前提に,本件記事の掲載について不法行為の成否〔争点1,2〕を検討する。
原告は,被告による本件記事の掲載が原告の名誉を毀損するとともに,プライバシーを侵害する不法行為に当たることを主張するところ,本件記事は,原告の実名や原告がAの社長であることなどを明らかにしつつ,原告が風営法違反の被疑者として逮捕された(本件逮捕)事実や,その嫌疑の内容が,原告が法令による禁止区域内で風俗店を実質的に経営していたというものであるとの事実を摘示するものであり〔以下「本件摘示事実」という。〕,原告の外部的評価を低下させるものとして原告の名誉を毀損すると同時に,他人にみだりに知られたくない原告のプライバシーに属する情報であるというべきである(このことは,本件記事の掲載より前に,本件逮捕の事実が大手新聞によって報道されていることのみによって否定されるものではない。)。
そして,事実を摘示した名誉毀損については,その行為が公共の利害に関する事実に係り,その目的が専ら公益を図るものである場合において,当該事実が真実であることの証明があるとき,又は真実であることの証明がなくても,行為者がそれを真実と信じるについて相当の理由があるときは,不法行為が成立しないものと解すべきである。
また,プライバシー侵害については,刑事事件の被疑者として逮捕された者が当該事件について有罪判決を受けた後においては,一市民として社会に復帰することが期待され,その者は,前科等に係る事実の公表によって,新しく形成している社会生活の平穏を害されその平穏を妨げられない利益を有する反面,当該事件を公表することに歴史的・社会的意義がある場合や,その者の社会的活動に対する批判・評価の一資料とする必要性がある場合においては,かかる事実が公表されることを受忍しなければならないこともあるというべきであるから,当該事実を公表した目的等をも併せて比較衡量した結果,当該事実を公表されない利益が優越すると認められる場合に,不法行為が成立するものと解すべきである。
そこで,かかる観点から,被侵害利益ごとに,本件記事の掲載について不法行為の成否を個別に検討する(以上につき最高裁昭和41年6月23日第一小法廷判決・民集20巻5号1118頁,最高裁平成6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁,最高裁平成15年3月14日第二小法廷判決・民集57巻3号229頁等参照)。
3 初めにまず名誉毀損による不法行為の成否〔争点1〕について検討する(なお,本件逮捕の事実については当事者間に争いがなく,また,本件逮捕当時,捜査当局において,原告が問題となった風俗店の実質的経営者であるとの嫌疑を持っていたことについても,原告は特段争っていないものと解されるから,本件摘示事実が真実であることは当事者間に争いがないというべきである。)。
(1) まず第1回掲載について不法行為の成否を検討する。
ア 第1回掲載は,本件逮捕から数日後と間がなく,公訴も提起されていない段階であって〔前提事実4参照〕,犯罪に係る事実の公表により一般市民の批判・評価の資料とする必要性が高いと認められるから,本件摘示事実は公共の利害に係るものというべきである(なお,刑法230条の2第2項参照)。
イ また,被告は,信用調査,インターネットを利用した各種情報提供サービス等を業とする会社であり,企業の社会的活動に対する批判・評価の資料として,企業や企業経営者等の行政処分,刑事事件などに関する記事を提供しているものであり,本件記事の掲載もその一環としてなされたものと認められるから,被告が公益を図る目的で本件記事を掲載したものといえる。
これに対し,原告は,被告が当初から金銭獲得の手段として本件記事を掲載したことを主張するが,前記認定のとおり,被告が平成18年11月ころになって本件記事を掲載し,あるいは被告が二度にわたり本件記事の掲載・削除を繰り返したと認めることはできず,また被告の業態や企業規模等に基づく主張は,一般的・抽象的推論の域を出ないから,原告の主張を採用することはできない。
ウ 以上によれば,第1回掲載の時点では被告に名誉毀損の不法行為は成立せず,原告が主張する平成18年11月ころの時点で被告に同不法行為が成立するということもできない。
(2) 次に第2回掲載について不法行為の成否を検討する。
ア 前提事実1,4,7のとおり,原告は,第2回掲載の時点で,本件刑事事件について執行猶予付きの判決を受け,またAの代表取締役を辞任していたものと認められる。
     しかし,原告のいう中小零細企業においては,経営者が形式上会社の代表取締役を辞任した後も,その経営を事実上掌握していることはままあることであって,原告がAの代表取締役を辞任した後,その経営に関与していないことが客観的に明らかとはいえず(もとより,本件原告がAの代表取締役を辞任した後も同社の経営を掌握していたことを認定するものではない。),また,前記認定事実〔1(1)〕アのとおり,本件刑事事件において違法な営業をしていた風俗店のうち1店の営業主体がA管理株式会社であって,Aとの資本上又は営業上の関連性が窺われるから,原告が主張する,本件刑事事件が純然たる原告の個人的な犯行であってAの営業とは無関係であるという点についても疑問の余地が残る。
     以上に加え,第2回掲載の時点においては,本件逮捕から2年余りを経過したのみで,原告に言い渡された懲役刑の執行猶予期間も満了していなかったことに照らすと,本件摘示事実が公共の利害に係るものであることはなお否定できないというべきである。
イ しかし,認定事実キによれば,被告は,原告と本件顧問契約を締結して本件記事を一度削除したが,その後,原告が同契約に基づく顧問料を支払わなかったことを受けて第2回掲載に及んだものと認められる。そして,被告代表者は,本件記事を一度削除したことについて,Bに迫られてやむを得ず応じたいわば政治的決着である旨を述べるが,その内容は極めて曖昧であって,同人が強迫等を伴う交渉をしたことを認めるに足りる証拠はないから,結局のところ,被告は,本件顧問契約の締結に伴う顧問料の支払によって,任意に本件記事の削除に応じたものであり,原告の顧問料不払に対抗して第2回掲載に及んだものというべきであって,それが専ら公益を図る目的によるものということはできない。
なお,被告は,本件記事を一度削除し,その後掲載を再開した理由について,原告側の強い要請により,原告が前非を悔い,二度と同様の行為を行わないと誓約しているとの説得があり,その証として,被告と顧問契約を締結し,被告の身近で信用回復に努めるとの約定がなされたため,本件記事を削除したが,原告が本件顧問契約の不履行に及んだことから掲載を再開した旨を主張するが,被告は,一民間企業でありそれまで原告と何の関係もなく,原告の反省や更生を監督するような立場にないから,被告にそのような意図があったとは考えられず,かかる事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) 以上によれば,第2回掲載について,被告に名誉毀損による不法行為が成立すると認められる。
4 次にプライバシー侵害による不法行為(なお,原告は,現時点におけるプライバシーの侵害をいうものと解される。)の成否〔争点2〕について検討すると,前記認定のとおり,被告が本件記事を掲載した第2回掲載の時点で,客観的には,本件記事を公表する社会的必要性がなお存在するというべきであるが,被告が公益を図る目的で本件記事を掲載したとは認められない以上,本件記事の掲載(第2回掲載)は,原告のプライバシーをも侵害するものというべきである。
5 以上を前提に,原告の損害〔争点3〕について検討すると,第2回掲載について,被告が公益を図る目的で掲載したものとはいえない反面,本件記事の内容は,主要部分が既に大手新聞によって報道されたものであることに照らすと,原告の精神的損害を慰謝するのに相当な慰謝料は30万円と認められ,原告の弁護士費用のうち3万円が本件と相当因果関係のある損害と認められる。
6 次に,原告が被告に対し本件記事の削除を求めることの可否〔争点4〕について検討する。
名誉を違法に侵害された者は,人格権としての名誉権に基づき,加害者に対し,現に行われている侵害行為を排除するため,その差止めを求めることができるものと解するのが相当であり(最高裁昭和61年6月11日大法廷判決・民集40巻4号872頁参照),差止めの許否を判断するに当たっては,当該侵害行為の態様・程度,加害者の意図・目的,被害の程度,妨害排除の必要性,当事者双方の利害の軽重等を総合考慮すべきであるところ,前記認定の諸事情のほか,現時点においては,原告の執行猶予期間も満了し,相対的に,本件記事を一般に公開する利益が小さくなりつつあるといえること,原告が求める本件記事の削除は,被告が本件サイトに本件記事を掲載してインターネットに接続する不特定多数人によって閲覧可能な状態に置いていることの解消を求めるにとどまり,個々の顧客からの求めに応じて本件記事に係る情報を提供すること(被告は情報会社であって,被告本来の業務はこの点にあるものと解される。)を妨げるものではないことに照らすと,原告は,被告に対し,人格権としての名誉権に基づき,本件記事の削除を求めることができるというべきである。

7 よって,原告の請求は,被告に対し,慰謝料30万円,弁護士費用3万円及びこれらに対する被告の不法行為の後であることが明らかな平成20年10月21日から支払済みまで民法所定の遅延損害金の支払並びに本件記事の削除を求める限度で理由があるから認容し,原告のその余の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第50部
裁判官 布施雄士