労務問題

Q元従業員から、残業代請求の内容証明が届いたので、相談したい。

A

1 残業代のトラブルについては、ひとりによるものか、複数によるものかによっても解決方法に違いが生じます。かつて5人同時申立ての労働審判を担当したことがありますが、他の社員の請求のおそれも同じ労働条件なのですからあり得るということは認識しておかなければなりません。

もっとも給与については2年で時効にかかることから、法律上の請求をしてきているものとの解決を優先することになります。他方、法的請求をしてこない場合は時効にかかる可能性もでてくることになります。

2 一般的には、残業代対策としては、会社のキャッシュで残業代が支払えるように、時給単価を下げてそのことについて就業規則や全社員から同意をもらっておくことになります。たしかに一時しのぎといわれるかもしれませんが、業態によって労働の実態は大きく異なり、また労働密度も異なります。したがって労働密度が低く長時間労働が常態化している業種ではなかなか残業代まで廻らないというケースもあるかと思います。そこで残業代を清算することをおすすめしています。

3 残業代には、8時間を超える場合の25パーセント増しと、深夜早朝割り増しの50パーセント増し(深夜かつ時間外)などの割り増し賃金部分を支払っていないパターン1とそもそも基本給も含めて全く何も支払っていないパターン2があります。

この場合、中小企業の場合は時給を下げるしか方法はないかもしれません。なお、社労士が提案する基本給を下げるという方法は残業代の計算では基本給以外も時間給に含まれてしまうので、裁判所や労働弁護士が介在した場合は、あまり意味がないことであることを知っておきましょう。

4 たとえば飲食店の場合、経営者は土日も働いたり、平日もそれなりに残業をしてもらうということを前提に月給25万円としているケースもあります。たしかに、月給25万円以下では賞与がないと独り暮らしは難しいといわれていますから、労働者が労働にあたり再生産するという社会科学的アプローチからはうなづけるのですが、概ね残業代もこみで25万円程度になる、というような提案をしていくことも大事になってくるかもしれません。

25万円の場合、経営者の意識とは異なり、週40時間に対してのみその対価が25万円なのです。そうすると、一般的に1か月の所定労働時間が160時間ですから、25÷160時間=1563円となります。

この時給で残業代計算を2年分、また広島では3年分請求できるとした裁判例もありますから、仮に毎月40時間残業をしているとすると、毎月1563円×40時間×1.25=7万8150円となります。これを2年分となりますと、24カ月ということになりますので、187万5600円となります。

私の豊富な労働審判などでの残業代請求事案でも、中小企業は概ねひとりあたり200万円前後が多かったと思います。これを一気に支払うということになり、それが3名、となると、会社の資金繰りにも影響を与えてしまうのです。

5 残業代トラブルが多いのは運送会社も挙げられます。もっともドライバーよりかは自動車の荷物降ろし場を担当する職員による残業代請求が大きいというイメージがあります。経営者からみると、ドライバーと比べると労働密度は自動車が帰ってきたときだけであるし、低い給与で当然、というような意識を持ちがちのようです。

他方、昨今はドライバーの方の残業代請求もあります。ドライバーは、月額30万円程度の手取りを得ているケースもあり、それほど会社に不満はもっておらずむしろ心理的にはひとりでの活動が多いので、あまり会社ともめたくないという心境の人も多いのですが、なかには上司の目がないので、独りよがり故、お坊さんやお医者さんのようにつける薬なし、という方もいます。運動会社のドライバーは残業を毎月平均64時間くらいしていると、経営者としては30万円くらい支払っても良いかというのが普通の感覚だと思います。しかし残業代請求をされてしまうと、(30万円÷160時間×64×1.25)×24=360万円の残業代を支払わないといけなくなります。

そこで経営者との感覚と併せるため、基本給が20万円、固定残業代が10万円と給与規定などに盛り込むことを考えることができます。この場合でも残業代が64時間に満たない場合でも、経営者は30万円支払うつもりでいるので、リスクヘッジで労働者の抵抗も少ないといえます。もっとも、64時間を超えた場合は超過部分の残業代を別途支払う必要がありますが、ワークライフバランスの観点から64時間以上の残業代は抑制する必要があるので、このような事態の場合、経営者は効率化や人手不足を意識すべきなのかもしれません。

そしてこのことを説明したうえで同意書にサインをもらえれば賃下げしても問題はありません。もっとも、個別的な契約書によらず就業規則になった場合はその合理性が裁判所によって審査されますが、まずは勝てない!と思っておいた方がよいでしょう。なぜなら、賃金、労働時間は労働者にとって特に重要な労働条件であり、軽々とそれに承諾することもないし、最低賃金法や近傍業種などとの比較からも困難であることが多いといえるからです。もっとも、会社にいる際の残業代の請求はよほどの事態でない限り、社会的実態としてはみることはありません。

6 弁護士の雑感としては、労働審判を提起されると、会社としては1か月程度でおおいそぎで資料や反論の準備をしなければなりません。そして就業規則で法令上の割増賃金の不払いなどは、資金繰りの問題も出てきます。また、いわゆる違法残業、残業命令がない、固定残業代、各種手当に包含される、基本給に包含される、年防性、オール歩合制、管理監督者の場合など、顧問弁護士がその会社のことをしっていると対応がやはり早くなるのではないか、と考えられます。

以上